アルコールと自殺の関係

酒量多いと自殺リスク倍増 厚労省研究班が調査(Yahoo! News)

 週1回以上飲酒し1日当たりの飲酒量が日本酒3合以上に相当する男性は、時々(月に1−3回)飲酒する程度という男性に比べ自殺の危険性が2・3倍とした大規模疫学調査の結果を、厚生労働省研究班(主任研究者・津金昌一郎国立がんセンター予防研究部長)が1日、英医学誌に発表した。
 日本酒3合はアルコールに換算すると59グラムで、ビールなら大瓶3本、ウイスキーならダブル3杯に相当。自殺リスクは飲酒量が多いほど高まる傾向がある一方、「全く飲まない」男性のリスクも2・3倍だった。
 研究班は「飲まない人で高い理由は不明だが、酒量を適度に減らすことが自殺防止に役立つということは言えそうだ」としている。

へー、と思ったので、原文にあたってみました。投稿されたのは、British Journal of Psychiatryです。ちなみに、impact factorは4,421。

読んでいて思ったのですが、今回の研究の一番の成果は、「飲まない人でも実は自殺リスクが高い」ということをある程度*1示したことです。その意味では、記事のタイトルは不適切ですね。昔から、アル中の人は自殺リスクが高いというのは、知れていることですし。

では、なぜ「飲まない人」のリスクが高いか。論文は面白い分析をしています。

Third, non-drinkers in Cohort II perceived less social support, for example, in the form of close friends and confidants, and this might contribute to the increased risk of subsequent suicide (Heikkinen et al al, 1993). There might also be other factors associated with a non-drinking lifestyle, such as specific personality traits, coping strategies, religious beliefs and a past history of alcohol dependence, although we do not have clear empirical data supporting the association.

要するに、お酒を飲まない人は、NEETで引きこもりなのではないか、ということです(さすがに意訳しすぎか・・・)。でも、よく考えたら、「お酒友達がいない」という要因が自殺と飲酒量を結び付けているとすれば、それはそれで面白い推論のような気がします。ここから導かれる結論は、「自殺防止のためには、酒友達を作ろう」ですかね(ウソです。論理破綻しています)。

ただ、注意すべきは、

  • 調査サンプルに都市部の人(自殺のメイングループ)が全く入っていない→日本人全体に対する一般化は不可能
  • 経済状況や精神状況などのconfounder(阻害要因)を考慮していない→因果関係をいうのも不可能

ということです。したがって、「まぁこういう現象も見られました」という程度と思っておくのが良いのかと思います。こんな論文が今取っているepidemiologyの授業で与えられたら、総スカンを食うのでしょうね・・・


さて、せっかくここまで読んだので、この記事について書かれているはてなブログの皆さんの記事を読ませてもらいました。

自殺、という観点からは、適度の飲酒が望ましい、ということになりそうですね。ただ、飲酒が自殺の原因になるのか、自殺の傾向が強い人が酒に依存、逃避しているのか、その辺の事情はケースバイケースであるような気がします。
弁護士 落合洋司 (東京弁護士会) の 「日々是好日」

後段はまさにおっしゃるとおりですね。前段は、そこまで言い切るにはまだ時期尚早のような気がしております(この論文では現象を述べているだけのため)

また、

全く飲まない人のリスクも2.3倍??
んじゃ、この議論は成り立たないのでは?
お酒はストレス解消になりますが、飲みすぎると逆効果ってことかいな。
vivorock 〜人生の備忘録〜

おっしゃっているとおり、「この議論は成り立たないのでは」という点に目をつけたのが、この論文のおもしろいところなんですよね。とはいえ、その原因は不明ですが。

 もし、社会的に意味ある「飲酒と自殺の因果関係」を研究するとしたら、飲酒によって一時的に回復した意欲が、酔いが醒めると元通りどころかそれ以下のところまで落ち、それを忘れるためにまた飲酒に走り、というアルコール依存→自殺へと続く「飲酒スパイラル」のメカニズムに尽きるとおもうけれども。どうよ。

 言わずもがなのことをあえて研究して、しかもとんちんかんな回答を出す。時々こういった類の研究発表記事が新聞や雑誌の紙面を彩ったりするけれども(tak-shonaiさんのとりあげた「メールの意図が正しく伝わる確率は 5割」とかね)、研究されている方は、どういうつもりでお仕事なさっているのでしょうか。そこんところ、是非とも知りたいような、知りたくないような……。
まこりんのつれづれなる日々 in はてな

なかなかお厳しい意見ですね。ただ、アルコール依存症のような特殊状況の個人を対象とした医学研究はまだ簡単なのですが(症例1件だけでも結果となる)、今回のような社会全体を対象とした集団調査は、とっても、とーっても難しいものです。「言わずもがな」という点も実はそんなことはないのです。今回は有意な増加結果が出ただけでも良かったのではないでしょうか。また、アルコール消費が少ない人も自殺防止策の対象としなければならないことは、新発見であります。

今回の調査結果については、新聞に取り上げられるレベルとは思っていませんが(しかも、新聞の論点は間違えている)、これだけ多くの方が興味を持ってもらえるという意味では、感心あるネタなのかなと別の意味で発見でした。

*1:統計的に優位ではないので、「ある程度」としかいえません