愛知名古屋マイソング

 名古屋で巨人の帽子を被るとどうなるかについて明快に解説したものに、「拝啓、ここは名古屋です」(愛知・名古屋マイソング, 1985)があります。

 愛知県・名古屋市NHK名古屋放送局などが共同で愛知県および名古屋をテーマにしたご当地ソングを作ろうということで、「愛知・名古屋マイソング」という公募によるご当地ソング製作コンクールを1984(S59)年開催しました。

 第1回の最優秀賞は「みんな名古屋で」。この歌は地元出身のチェリッシュに歌われ、NHKのローカル放送で頻繁に流され、全国ネットの「みんなのうた」でも申し訳程度に流されました。レコードももちろん発売されましたが残念ながらヒットには繋がりませんでした。「♪遠い夢を追いかけて、旅立ってしまっても、きっと帰っておいでよ、みんな名古屋で待ってる〜。」という歌詞は、名古屋を離れ東京で一人頑張る名古屋っ子に対して歌われたもので、「叶いもしない夢、夢、夢、言って東京なんかに住んどらんと、夢よりも現実を見て名古屋に帰って堅実な生活をしよまい。」と、東京で頑張っている名古屋っ子をわざわざ引き戻そうというものでした。

 1985(S60)年は名古屋に転校してきた少年の目線で歌われ「♪名古屋の仲間に僕も入れてもらったよ〜」という衝撃的な歌詞が印象的だった「拝啓、ここは名古屋です/川崎少年民謡隊」が、1986(S61)年は「♪お久しぶりだね、ヘイ名古屋。今日からは生まれ故郷ここで暮らすの〜。」と、前々年のチェリッシュの歌を聞かされ夢をあきらめさせられ、東京から戻ってきた名古屋っ子のことを歌った「おひさしぶりだねナゴヤさとう宗幸石川ひとみ」が、1987(S62)年は「♪お母さん聞いてください、私名古屋に嫁いでいきます〜。」という、他地域の親が娘に一番言われたくない歌詞を歌った「わたしの名古屋/水谷麻里」がそれぞれ最優秀賞を受賞しました。

名古屋みゃーみゃー通信より引用)

 というわけで、この「拝啓、ここは名古屋です」という曲、名古屋に転校してきた子供が、昔の学校の友達あてに今の様子を伝えている、というシチュエーションで歌われております。一聞百見、まぁとにかく、曲をお聞きください。(ここをクリックすると始まります!

 ポイントは分かりましたか?では次に、歌詞をご覧ください。

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「拝啓、ここは名古屋です」

拝啓、ここは名古屋です 僕はとても元気です
転校したてのころは、ちょっぴり寂しかったけど
すぐに友達できたよ ホントいいやつだけれど
野球の話になると いつもケンカしてるんだ

仲間 仲間 名古屋の仲間に 僕も入れてもらったよ
仲間 仲間 名古屋の仲間は 素敵な仲間

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 重要なのは4行目。当時流されていたプロモーションビデオでは、中日の帽子をかぶった子どもたちの中に1人だけ巨人の帽子をかぶった子がいて、みなから後ろ指をさされている、というものでした。これを見て、「やはり長いものには巻かれるべきだ」と思った子供も多いことでしょう。

 いやまぁ、何がいいたいかというと、ボストンでヤンキースの帽子をかぶるのは、それくら浮いてしまうってことです。子供なら後ろ指ですむかもしれませんが、大人だと罵詈雑言を浴びること間違いなしです。夜道には気をつけなければいけません。


 ところで、当時、愛知・名古屋マイソングはあらゆる場面で徹底的に流されていました。テレビ・ラジオは当たり前、公共交通機関であるバスの中でも突然に曲が流れたりして、子供心に衝撃を受けたものです。まぁでもその甲斐あって、『愛知・名古屋マイソングは有名。誰でも知っているもの』と思っていたのですが、大学通うために京都に行って、初めてそれは妄想だと思い知らされました。だーれも知りまへんでした、そんなもの。